古いカメラで写真を撮る。白黒フィルムで写真を撮る。薬品を調合し、自分で現像する。そして銀塩写真よりもさらに古い技法でプリントを作る。…こんなことをしているとモノ好きの変わり者だと思われるが、あえて言いいたい。わたしたちは古臭いものが好きなのではない。新しいことをやっているのだ。新しいひとは新しい写真をするのだ。

ショパン国際ピリオド楽器コンクール

ピアノ演奏の国際コンクールで世界最高峰に位置づけられるショパン国際ピアノコンクール。このショパンコンクールについては、以前少し紹介したことがあります。

クラシック音楽演奏のドレス。アナログ銀塩写真のプリント。そしてガムプリント。私たちはいつも何かが忘れられた後の世界を生きている。 ショパン国際ピアノコンクールとドレス世界で最も権威あるピアノコンクールのひとつ「ショパン国際ピアノコンクール」が現在開催されています。YouTubeでリアルタイムで出場者の演奏を見ることができます。・第17回ショパン国際ピアノコンクール ウェブサイト 神童と呼ばれる演奏家はもちろん、全く無名の素晴らしい演奏家の演奏を視聴することができてとても楽しいのですが、見ていて...

 

そして今年9月、ショパンコンクールを主催するポーランドの国立機関、ショパン研究所が、これまでにない新しいピアノコンクールを開催しました。

第一回 ショパン国際ピリオド楽器コンクール。このコンクールはショパンが活躍した頃に実際に使われていたピアノを使って演奏するコンクールです。ショパンが39歳の若さでなくなったのは1849年。だからこのコンクールで使用されるピアノは19世紀なかばのものばかりです。

 
The 1st International Chopin Competition on Period Instruments

実は20世紀生まれの「クラシック」音楽

わたしたちがふだんよく知っているピアノが現在のような形になって完成したのは、実は20世紀初頭のことです。ピアノの原型、ハンマーで弦を叩く鍵盤楽器は18世紀初頭に発明され、それから20世紀にいたるまでどんどん改良されていきました。つまり、わたしたちが「クラシック」と呼んでいる音楽は、実際には20世紀の楽器で演奏される現代的な音楽なのです。

ピアノは音域が広がり音量も大きくなり「進化」しました。以前の古いタイプのピアノは演奏される機会がなくなり、かえりみられなくなりました。しかし本当に新しいものは古いものを完全に置き換えることができるのか?芸術の歴史はそんなに単純な「進歩」をしてきたのでしょうか。

現代ピアノの音楽が素晴らしい達成を実現したことは間違いありません。しかし同時に、見落とされてきたものや行き詰まりがあるのではないかという懸念もあります。たとえば、20世紀の楽器で演奏する音楽は、作曲家自身が構想した音楽を実現できないこと。また、大音量を出す楽器を扱うために、幼少時から特別な訓練を受け続けないと演奏家になれず、ケガや年齢を重ねると演奏できなくなる。その結果、音楽は円熟せず、アスリートの妙技のような演奏が増えてしまう…。

このような問題を乗り越えるために、近年、作曲家が活動した当時の楽器(古楽器・ピリオド楽器)で演奏するムーブメントが起こっています。このムーブメントは「古楽(Early Music)」と呼ばれています。古楽は、奏法や演奏様式がわからなくなっている部分もあるため歴史研究から始める必要があります。ではこのような音楽は古臭くニッチな音楽なのかというと、全然、最先端です。オルタナティブ・クラシック音楽です。もっとも新しい音楽だと言って差し支えないと思います。

ショパンは19世紀の作曲家ですから「古楽」の範疇からは少しずれるかもしれません。しかしそんなジャンル分けや住み分けみたいなことにこだわるのはナンセンスです。銀塩写真はオルタナ写真に含まれるかどうか、みたいな議論と同じです。大事なのは理念です。もっとも新しいショパン理解、もっとも新しいピアノ音楽を目指し、古楽ムーブメントから生まれたコンクールが「ショパン国際ピリオド楽器コンクール」だと言えます。

フレデリック・ショパン 1849年撮影

180歳のピアノで演奏される新しい音楽

予備選考で選ばれた世界各国の演奏家30人がポーランドのワルシャワに集まり開催されたこのコンクール。演奏の様子はYouTubeでライブ配信され、リアルタイムで視聴することができました。演奏に使用される楽器はどれも180歳前後!製造年が1830年代とか、写真が発明される前の楽器もあります。古い楽器ですから予想外のトラブルも起こります。演奏中に鍵盤が割れるアクシデント!しかしそれに全く動じずに演奏を続けて弾ききった最強メンタルの猛者!そしてなんと割れた鍵盤は瞬間接着剤で応急処置。傷ついた楽器で演奏しなくてはならない次の演奏者…。そしてふたりはファイナルラウンドでふたたび激突。ってもうどんな少年漫画ですかという熱い戦い、そして見事な演奏、素晴らしい音楽でした。

コンクールで使用された楽器:エラール 1838年製

コンクールの結果は、優勝はポーランドのトマシュ・リッテル(Tomasz Ritter)。とても自由で即興的な演奏をする人で、現代ピアノのコンクールでは評価されにくい、しかし非常に新しく美しい音楽を生み出す演奏家です。

そして2位。川口成彦(Naruhiko Kawaguchi)!!わたしの知人です(ここ大事)!歴史的な大きなスケールを持ちながら、いまこの瞬間、聴く人の命に火をつける音楽!知性に深く抑制されながらもどこまでも熱い。

彼の音楽はとても感動的でした。さらにそれに加えて聴衆を感動させたのは、彼のステージマナーです。二次選考で鍵盤が傷ついた楽器を演奏することになったのは、彼、川口さんでした。想定外のハンデを乗り越え、信じられないほど美しく悲痛なソナタを演奏しました。観客の大きな拍手を受け、カーテンコールでステージに呼び戻された川口さんは、いま自分が演奏した楽器を称え、楽器に観客の拍手をうながすジェスチャーをします。音楽の歴史への深いリスペクトを示す彼のアクションに観客はどよめき、さらに大きな拍手を送りました。

Naruhiko Kawaguchi – Sonata in B flat minor, Op. 35 (Second stage)
 
 

古典のリバイバルとオルタナ写真

大きな視点で見ると、西洋の芸術は重要な局面で何度も大きなリバイバルを経験しています。もっとも有名なものは古代ギリシャ、ローマの思想や芸術を復興させたルネッサンスです。しかし古代ギリシャ美術の中においてもすでに古典の復興があり、また19世紀にも中世や初期ルネッサンスの復興運動「ラファエル前派」がありました。これらのリバイバルは単なる懐古趣味の流行ではなく、行き詰まった現状を乗り越えるために新しい価値を生み出すという理念によって支えられています。

写真は誕生して180年ほどですから、ショパンの音楽とほぼ同世代です。ショパン音楽の現状を乗り越えるためにピリオド楽器コンクールが開催されたのと同じように、いま写真にはオルタナ写真(オルタナティブプロセス)というムーブメントが起こっています。これは古典的な技法を用いて新しい写真表現を目指すムーブメントです。

オルタナ写真はマニアックで古臭いものでも、ただの変わった流行りものでもありません。また伝統をありがたがり無批判に次世代に伝えるというようなものでもありません。まだ誰も見たことのない、新しい場所を目指すムーブメントです。新しいひとは新しい写真を目指すのです。

Naruhiko Kawaguchi – Concerto in F minor, Op. 21 (final)
ファイナルラウンドでのピアノ協奏曲第2番
 
 
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川口成彦さんのフォルテピアノによるシューベルト。素晴らしいです!うっかり夜中に聴くと泣かされます!
 
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