唯一の存在を扱うありえない科学:ロラン・バルトを読む理由

Alexander Gardner : Lewis Payne, 1865
私たちは、なぜロラン・バルトの読書会をするのか。
「生産性」という言葉

最近、「生産性」という言葉が深いショックを持って受け止められています。きっかけは、ある政治家の「同性カップルは『生産性』がないので、社会資本を彼らに割く必要はない」という主旨の発言でした。

ある人の人生を「生産性」という言葉を基準にして評価できるという認識。この認識の犯罪的な傲慢さとおぞましさについては、いくら批判しても足りないほどです。ともあれ、私は写真家なので写真の話をします。写真の言葉についてです。

 

「いい写真とはなにか」とはなにか

写真を撮るとき、写真を選ぶとき、作品として仕上げるとき、わたしたちは必ず「いい写真」を目指そうとします。
しかし「いい写真」とは何でしょうか。
これまで「写真」については、いろいろな人がいろいろなことを言ってきました。その結果として、誰もが好き勝手なことを放言するのが「写真について語ること」であるかのような風潮ができあがってしまいました。

 

ロラン・バルトを読む

東京オルタナ写真部の読書会ではロラン・バルトの著作を連続して読んでいます。もともとはロラン・バルトの写真論『明るい部屋』を読む単発の読書会でした。しかし読み始めてみると、この本が他のどの写真論とも全く似ていないことに気がつきました。わたしたちが最も驚いたのは、「いい写真とは何か」という問いは、実際には「わたしにとって意味があるとはどういうことか」という問いである、ということをロラン・バルトが鮮やかに示した点でした。

『明るい部屋』の後半のある瞬間、ロラン・バルトは感情を爆発させます。この様子には、読んでいるわたしたちも深く打たれます。バルトがこのように文章を書いたのは後にも先にもこのときだけではないでしょうか。

映画監督のゴダールが「正しい映像などない」というのに対して、バルトは自分の悲しみにとって「正しい映像が必要だった」と主張します。しかしこの一致の正しさについて語ることはできない。形容詞を無限に連ねていっても、その正しさにはたどりつけない。 論理的な態度をシニカルに標榜するゴダールの言葉に対するバルトの反論は、自分の生をかけています。しかし自分の生をかけるほどの「正しさ」を言葉で正確に語ることは不可能なのです。そのような言葉(エクリチュール)をわれわれは持っていない。正しく語ろうとすればするほど、私にとって本当に「正しい」ものを語ることはできないのです。
そのような不完全な「言葉」に対して、「唯一の存在を扱うありえない科学というユートピア」が必要だとバルトは主張します。ゴダールのスマートな冷笑を退けて、このどんくさくて不器用な宣言をかわりに置くのは、バルトの誠実さだと言えるでしょう。それは「私の生が他のなにものとも取りかえがきかないこと」の宣言だからです。

バルトは「種(人種、民族)」や「生産性」などに私の生が還元されることに徹底的に抵抗します。そのような基準に私の生の本質的な正しさや意味は決して属することはないと。

『明るい部屋』は写真論なのか

こんなことが書かれている『明るい部屋』とは、いったい何についての本なのでしょうか。世間一般に言われているような「写真論」なのでしょうか?
いまのところ、私たちの読書会では、この本のほんとうのテーマは「感情」ではないかと考えています。それも、私の生を私だけのものにしている、他の何にも変換できない感情。痛み、悲しみ、怒り、喜び、愛、恋愛…その最初の閃光だけを取り出して記述することがバルトの意図なのではないか。そのための媒体が写真だった。なぜなら写真は深さも幅もなく、ただその閃光だけを取り出すことができると考えたからでしょう。

そして、私たちの生に火をつけ、感情の閃光を放つものは、「私にとって意味ある」ものです。私に由来しない意味は、私にとっては無意味なのです。「種(人種、民族)」や「生産性」に意味を置くような生は、私(バルト)にとっては生きていることにならない。バルトはそう書いています。いい写真を選び作品にしようとしているとき、私たちは、自分だけの生の意味に直接触れようとしているのです。

 

ロラン・バルト読書会

ロラン・バルトの読書会は継続して開催中です。『明るい部屋』、『喪の日記』、『偶景』、『新たな生のほうへ』、そしていま『恋愛のディスクール』が始まりました。参加希望される方は、お気軽にご連絡ください。また『明るい部屋』の読書会&レクチャーは期間を置いて継続的に開催していきます。

究極の恋バナ!そして『明るい部屋』へ。恋するわたしは狂っている。そう言えるわたしは狂っていない。(中略)他人の眼にはただ変っているだけと映るだろう。わたしが自分の狂気をいたって正気に物語っているからだ。わたしはたえずこの狂気を意識し、それについて...

 

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