アート写真のシーンを作るには:ギャラリー Art of Foto ロシア・サンクトペテルブルク-2

Art of Foto

ロシア・サンクトペテルブルクにある写真専門ギャラリーArt of Fotoの紹介。2回目はロシアのアナログ写真文化の現状についてです。(前回はこちら
 

 

プリントエクスチェンジ

 
Art of Fotoでは毎年年末にプリントエクスチェンジというイベントが開催されています。

参加者は2L判程度の大きさの手製のアナログプリントを用意し(何枚でもOK)、テーブルの上に所狭しと並べます。他の参加者のプリントで自分が欲しいと思ったものがあれば、作者に声をかけて自分のプリントと交換できるルールです。相手が交換を拒否する可能性も、もちろんあります。参加資格は手製アナログプリントを持参すること、以上!プロカメラマンもいれば写真作家もいるし初心者もいます。手製プリントであれば、銀塩写真でもオルタナティブプロセスでもかまいません。

 

プリントエクスチェンジ@Art of Foto

 

昨年末に私もはじめて参加したのですが、想像を超える多くの人が参加して大にぎわいでした!「あなたのプリントと交換したい!」と駆け寄ってくる瞬間は本当に嬉しいです。それぞれの作家が誠実に制作したプリントを交換して入手できる喜びはとても大きいです。私は10枚以上のプリントを持参したのですが、ほとんど全てを他の作家のプリントと交換しました。オリジナルプリントに触れるだけでなく、気に入ったオリジナルプリントを手に入れたい、という思いが自然と湧き上がるイベントだったと思います。

 

プリントエクスチェンジ@Art of Foto

 

 

 

ギャラリーインタビュー Art of Foto サンクトペテルブルク -その2

 
Art of Fotoの創設者のひとりでありアートディレクターを務めるアントン・イワノフ氏に話を伺います。

 

プリントエクスチェンジを開催する理由

 
── Art of Fotoで開催しているのは展示だけではありませんね。昨年末に開催されたプリントエクスチェンジにはわたしも参加しました。これはどのような目的で行われていますか?
 

アントン:私たちの大きな目的の一つに、アナログ写真の普及があります。

プリントエクスチェンジのようなイベントを行うことでより多くの人々にアナログ写真の魅力を伝えたいと考えています。したがって、参加資格はアナログプリントを持参することだけを条件にしています。このイベントに参加するためだけにアナログプリントを行う人や、またこのイベントがきっかけでイベントの後にアナログプリントを始める人もいます。このような活動を通じてロシアのフィルム写真文化の発展に貢献したいと思っています。それが結果的に、私たちの大きな使命のひとつであるロシアのアート写真の発展へと繋がると考えています。
 

プリントエクスチェンジ@Art of Foto

 

ロシアの写真文化 始まりと衰退と現在

 
アントン:ロシアでは19世紀から20世紀初頭(革命前のロシア帝政時代)に写真文化が大いに発展しました。

註:19世紀前半からすでに帝政ロシアでは首都サンクトペテルブルクを中心に写真技術の受容が精力的に行われ、ヨーロッパとの技術や人材の交流も盛んに行われていました。ロシア皇帝とその家族も写真撮影を楽しんでいただけでなく、市内には数多くの写真館が軒を連ね、写真文化が幅広く普及していました。

ロシア皇室 ロマノフ家の写真アルバムより 
Beinecke Library:Romanov Family Albums

 
アントン:しかしその後、ソ連時代は国が閉ざされ、欧米との写真技術や人材の交流もなくなりました。写真技術はもっぱら軍事目的やジャーナリズムなどへの利用が優先されました。芸術技法として写真技術を研究し普及させる動きはなくなり、写真作家による自発的な技法の研究も停滞し、結果的にソ連時代はアート写真は停滞してしまったと、個人的には考えています。

アメリカやヨーロッパではアート写真のために写真技術を研究することは何十年も世代を超えて続けられています。研究結果に基づき撮影・プリントが行われています。ロシアは欧米に比べてアート写真の技術の水準が低いことを知りました。

そこでまず私たちがアート写真のための写真技術を欧米に学び、ロシア国内でそれを普及させることを目標にしました。さらにアナログ写真技術で作品制作をする作家を支援することが我々のさらなる活動の目標です。

Art of Fotoでは暗室に充実した設備を備えることで、アナログ写真の作品作りのためのより良い環境を作家に提供しています。様々な作家のニーズに応えられるよう額装工房もあり、フィルム、現像薬品、写真印画紙の販売も行っています。

 

Art of Fotoの写真暗室。ハイランド社特注の20×24インチ引伸ばし機を備える。

 
 

アート表現と技術について

 
── アナログ写真技術については、過去から受け継がれている技術はもちろんありますけれど、ドイツのADOXSPURHeilandなどのアナログ写真用品メーカーは最新の技術で新しい商品開発をしていますよね。技術は守るだけでなくてアップデートされないといけませんね。
 

アントン:もちろんです。デジタル写真技術の普及で、アナログ写真は衰退したと思われました。利用者も減り、フィルムメーカーが倒産し、アナログ写真のことを全く知らない人々が出てきました。しかし、今はまた盛り上がりが見られます。新しい研究に基づきフィルムの素材や乳剤が開発されていますし、若い世代にもアナログ写真に興味を持つ人々が増えてきています。

でも私たちは単なる暗室オタク、アナログファンだからアナログ写真をやっているのではありません。アナログ写真の技術は、どんな最新技術のデジタルカメラやプリンターを用いるよりも素晴らしい結果を出すことができます。撮影・現像・プリントのプロセスにもちろん煩雑さはあるかもしれませんが、意図した結果を出せれば素晴らしい作品となります。もちろん、報道写真やコマーシャル撮影の現場ではデジタルの利便性が好まれるでしょう。しかし写真を芸術作品として考える場合、アナログ技法を使用する利点はあります。

 

Art of Foto 写真暗室

 

── アナログ写真で狙った結果を得るためには表現技法としてしっかり研究する必要がありますね。そのためにどのようなことをされていますか?
 

アントン:私たちはワークショップを開催し、技法を参加者に教えているのですが、自分たちもヨーロッパやアメリカに出向いて撮影、現像、プリントなどの技法を学びます。(註:アントンもユーリーもドイツのアナログ写真用品メーカーであるマーシュハイランド・エレクトロニクスによるトレーニングに参加し、さらにアンセル・アダムスに師事したアメリカの著名写真家であるジョン・セクストン氏のもとで学んでいる)。

さらにその技法で自分が意図する効果や結果が得られるように現像やプリントのテストを何度も行います。
  

アントン・イワノフ氏の銀塩写真作品
©Anton Ivanov

 

アナログ写真とアート

 
── 日本ではアナログ写真は個人の感覚や偶然性によるものだと思われている風潮もあると思います。私自身はフィルムの感度テストや濃度測定を必ず行い、フィルム現像で自分の求める結果をどう出すかを検討・把握した上で作品作りに使用するのですが(著者は東京オルタナ写真部およびシルバーソルト代表ティム・モーグ氏からフィルム現像やプリントの技術指導を受けた)、テストを何度も繰り返してどのようにしたら自分の求める効果が出せるかを検討するやり方はあまり浸透していない気がします。
 

アントン:ここでも同様です。若い人の中にはアナログ写真という技法を使うこと自体がすでにアートだと思っている人々がいます。そのような人達はぼやっとしていたりシャープネスがなかったりしてもアナログ写真なのでそれが作品として良いと思っています。

私たちは技法の正確な知識をそのような人々に伝えるということを活動の目的にしています。意図した結果をアナログ写真で得るためには、現像やプリントの過程で何が起こっているかを知る必要があります。アナログ写真から偶然性という要素を排除するのです。偶然できた、は人生で3回あれば終わりです。偶然良いものが撮れても、作品作りのためには再現性が必要です。そのためにはプロセスの正確な知識が必要です。

まだ多くの人がそのような理解を持っていませんが、ワークショップに参加した後、次第に作品が良くなる人は実際にいます。もちろん、全員にこの理解を強いることはできませんが、多くの人に理解してもらうよう努めています。
 

Art of Fotoの子供向けワークショップの様子
Art of Foto Facebookページより

 

── 日本ではカメラやレンズ神話が強く存在します。ライカやハッセルブラッドを使うと良い写真が撮れるというような。
 

アントン:もちろんロシアでもそれはあります。自分はその考えにすでに疲れました。「良いカメラ」を調べたりしたこともありましたけど、それでも自分の写真は全然良くなりませんでした(笑)

 

── 先日のプリントエクスチェンジでは、カメラは何か、レンズは何か、というようなことをどの参加者からも聞かれませんでした。そのような話題で盛り上がっている人々もいませんでした。
 

アントン:写真が良いと心から思えば、見る人にとってはカメラやレンズはどうでもよいのです。まずは作品を評価し、機材の話はそのあとです。どのようなカメラやレンズを使うか、という議論はあまり作品にとっては意味がないと思います。

 

(インタビューはその3へ続きます。)

 

 

アナログ写真技法の追求の先に

 
ソ連時代にアート写真の発展が停滞したというアントンの言葉は、正直なところ意外でした。ソ連時代にはレンズやカメラが多く開発・生産されており、アナログ写真による作品制作と発表を精力的に行っていた作家が多くいたはずです。写真専門雑誌もソ連時代を通じて発行され続けていました。しかし、アナログ写真技術を作家が芸術技法として研究し検討すること、その技法を正確に把握した上で作品作りに使用するという、他のアートの技法では当たり前とも思える考え方がソ連時代にはなかったとアントンは言います。アントン達はアナログ写真技術をみずから研究し、作品と技法の関係についての考えをロシアで普及させることで、それが結果的にロシアのアート写真の発展への寄与となると考えています。

日本でも、アナログ写真は「味がある」「アナログらしさが魅力である」というような、曖昧な言葉で表現される傾向にあります。アナログ写真を古き良き技術としてひとくくりにしたり、自分はアナログファンだから古い技法を使う、ということではなく、作品制作においてそれでできることをよく検討して採用することが、あらゆる表現技法に向き合う上で重要な姿勢だということに改めて気づきました(ここは自己反省もこめて)。

Art of Foto創設者のひとりユーリー・オプリャ氏の銀塩写真作品
©️Yury Oprya

 
アントンやユーリーの美しい作品を見ると、彼らが「アナログ写真技法を使う理由は、最新のデジタルプロセスよりも良い結果がでるからだ」と言うのに納得がいきます。

また、彼らは作家として技法研究に閉じこもり自分達だけのものにしようとするのではなく、写真文化がこの国で発展していく仕組みまでも作ろうとしています。

  • プリントエクスチェンジを開催し、アナログ写真の魅力を広く宣伝する。
  • 写真技術をアートの技法として研究を重ねて、その技術を他の人にワークショップを通じて伝授していく。
  • さらに伝授されたアナログ写真技法を用いて作品作りを行う作家達を支援するための十分な設備を整える。

彼らの活動は「ロシアにおけるアート写真を発展させる」という動機の元で計画され実行されていることが、このインタビューを通じて明確になっていきました。

次回は彼らのギャラリーとしての活動や、ロシアのアート市場を彼らがどう見ているかについて触れていきます。

 


Art of Foto
Art of Foto ギャラリー

ウェブサイト:artoffoto.com
住所:Bolshaya Konyushennaya St, 1, St Petersburg, 191186
電話:+7 (812) 312-28-56
Wed-Sun 12:00 – 20:00 入場無料

 
Art of Fotoはアントン・イワノフ氏とユーリー・オプリャ氏を中心とした若手写真家によって創立されたアート写真専門ギャラリーです。ロシア国内のみではなく、ヨーロッパからも注目されるギャラリーとして高く評価されています。

 


 

Art of Foto インタビューシリーズ

第1回

 

第2回