1950年代の化け猫映画
先日、Twitterでこんな投稿を見かけました。
カットを割らず、つまり1ショットでメイクまで変化する撮影?なになに、と映像を見てみましたが、おお確かにこれはすごい。みるみる顔が変化していきます。
これは映画『怪談佐賀屋敷』(1953年)の1シーンです。
化け猫を演じる俳優、入江たか子も素晴らしいですね。入江たか子は無声映画時代から活躍する女優で、溝口健二監督の『瀧の白糸』では主演とプロデュースを手がけています。そして黒澤明監督『椿三十郎』の睦田夫人。おっとりしていて実はしっかりした人物の中年貴婦人役も記憶に残る名演技でした。
それにしてもこの化け猫シーン。1ショットで身分の高い美女が化け猫に変身。迫真の演技もさることながら、メイクが変化するのは驚きです。いったいどうやって撮影したのか!
この映画にはもう一つ同じテクニックで撮影された変身シーンがあります。
おお、これぞ、映画!!
映画と特殊撮影
このような映像表現に関して言うなら、もちろん現在の映画のほうが、はるかに洗練された表現が可能になっています。そう、いまならデジタル技術を使ってどんなものでもほんものそっくりに描けてしまいます。しかし、デジタル加工による映像表現はいまやありふれてしまい、驚きがなくなってしまっているのも事実です。デジタルの多用によって映像に熱がなくなっている…という印象すら受けます。映像のもつ熱はロラン・バルトの言う「それはかつてあった」という感覚とは切り離せないものなのかもしれません。
映画監督のクリストファー・ノーランのCG嫌いは有名ですが、彼がCGを使わずに実写にこだわるのはこの「映像の熱」のためなのではないかと思います。
「飛行機が建物に突っ込むシーンを撮りたい」。どうすれば撮影できるか?
ノーランなら答えは簡単。飛行機を買って建物に突っ込ませればいい。本物、熱いぜ。
東京オルタナ写真部ではクリストファー・ノーラン作品研究会を開催予定です。詳しくは下記ページに。
白黒映画の色彩のトリック
さてではこの非CG、正真正銘のアナログ特殊撮影の化け猫変身シーン、どうやって撮影したのかというと、フィルムの特性と色を利用したトリックだそうです。
むっちゃわかりやすく言うと、そう…あれです。暗記ペンです。
暗記用ペンは、色付きのシートをかざすとマーカーが黒くなり読めなくなる。あるいは逆に、記入した文字が白く消えて読めなくなります。この仕組みは、色付きシートが特定の色の光を吸収/透過し対象の明度が変化する現象を利用しています。
映画『怪談佐賀屋敷』の化け猫シーンも同じ原理を使っています。おそらく、赤色系で化け猫のメイキャップを施しておき、撮影時に赤色の照明(あるいは普通のタングステンライト)から青もしくは緑色の照明に切り替えているのだと考えられます。
赤(もしくはタングステンライト)は赤色系の光なので、同系色の化け猫メイキャップは白くなって見えませんが、変身のタイミングで照明の色を青〜緑に変えると、俳優の顔に化け猫の表情が黒く浮かび上がってきます。
この照明の色が変化していることは、変身の前後で着物のカラフルな柄が変化していることからもわかります。変身後は着物の赤色系の模様が黒くなって見えているはずです。
白黒フィルムの色彩の魔術と映画とオルタナティブ写真
と、こんな映画撮影方法を考えた頭の良い人はだれだろうと調べてみたら、この技法が最初に映画に登場したのはなんと1920年代!そして、ピクトリアリズム、フォトセセッション、写真誌『カメラワーク』、アルフレッド・スティーグリッツ、といきなり写真史にどどん!とつながってしまいました!
そしてさらに、この「色彩と白黒フィルム」の関係は、写真や映像の技術史とも深く関わっています。
銀塩フィルムの歴史と映画とオルタナティブ写真の話は、次回につづきます!