町田市立国際版画美術館の、写真黎明期に焦点を当てた展覧会シリーズ。「版画×写真 ― 1839-1900」。今回もとても楽しく刺激的な展覧会でした。
有名作品から珍品まで、180点あまりの展示品のどれもハズレ無し!会期も残りわずかなので、取り急ぎ、私たちの推し展示を紹介します。
写真をめぐる風刺画
テオドール・モリセ《ダゲレオタイプ狂》
1989年12月8日に掲載されたこの風刺画がすごいのは、これがダゲレオタイプ公開のわずか4ヶ月後だということ。まだほとんど誰も写真の実物を見たこともない時期にカメラによる空中撮影など、未来を予見しているとしか思えない。
オノレ・ドーミエ《写真術を芸術の高みにまでひきあげるナダール》
実際に写真の空中撮影に成功するのは1858年。ナダール。気球を使ってパリ市街を撮影。彼は写真の芸術性を認めさせるロビー活動にも熱心で、こんな風刺画を描かれることに。
写真よりも写真な版画。バクステロタイプ
バクステロタイプ。これはやばい。
「版画が写真より優れていることを証明するために、写真以上に写真にそっくりな版画を作った」
何言ってるのかよくわからないが、実物を見れば納得。これはまさに、写真よりも写真らしい。しかし見れば見るほど、版画のアイデンティティとは?と逆に不安になる。
無理すんな、としか言いようがないが、傑出した超絶技巧作品であることは間違いない。キアロスクーロ技法の極北。台湾の故宮博物館のヒスイの白菜を思い出したけれど、どちらも制作時期はわりと近い?
マシュー・ブレイディのスタジオポートレイト
アメリカの最初期の写真家マシュー・ブレイディのスタジオポートレイト。ダゲレオタイプ。
初期の写真家は怪しい新ビジネスにチャンスを見出した起業家たちだった。と、マシュー・ブレイディの波乱万丈人生は体現している。彼は南北戦争では最初期の従軍カメラマンに。(史上初とされる従軍カメラマンはクリミア戦争でのロジャー・フェントン)
派手なトピックに彩られたブレイディですが、こんな美しくかわいらしい写真も撮っていたのかとギャップ萌え(工房制作なので本人の作品かどうかはちょっと不明です)。
マシュー・ブレイディの南北戦争従軍の話は以下の記事にも書いています。
版画?写真? 新技法 クリシェ=ヴェール
クリシェ=ヴェールとは、ガラスに塗った不透明な膜を硬い針で引っ掻いて画を描いたものを種板(ネガ)としてプリントした写真。
は?それは写真なのか?
たしかに写真の印画紙にプリントされてはいるけれど、技法としてはエッチングやリトグラフにそっくり。しかも、印画紙に膜面を密着させてプリントすると種板が痛むので、ひっくり返してガラス越しにプリントしているものもある。
絵の裏表は正しくなるけれど、光がガラス内で反射するので絵はぼけぼけに!このぼけぼけは味ということでOKだったのか?
版画×写真:焼き付くイメージ
シャルル・マルヴィル《パリ市庁舎》。
そしてエドゥアール・マネの《バリケード》。
展示の終盤のこの3点は必見。(《パリ市庁舎》は2点の組写真)
光で印画紙に焼き付ける画像。そして心に焼き付くイメージ。
写真と版画の違いを超えて、イメージとは何かを静かに深く訴えかけます。
以上、ほんとうにごくわずかですが、展示の紹介でした。展示品のひとつひとつに謎に満ちた本のように見入ってしまう充実ぶりです。
近くて謎の多い初期写真史。簡単でわかりやすい説明からは少し距離を置き、資料に直接向き合える素晴らしい企画展です。
町田市立国際版画美術館の展覧会、写真黎明期シリーズは今後も絶対に期待できそうです。
「版画×写真 ― 1839-1900」町田市立国際版画美術館
展覧会詳細ページ:版画×写真 ― 1839-1900
- 会期:2022年10月8日(土)~12月11日(日)
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