2020年、全く新しいフィルム現像液が登場しました。

白黒フィルムなんてまだあるの?というご時世に、なぜ新しい白黒フィルム現像液が開発されたのか。

その狙いを解説してみたいと思います。

 

そもそもフィルム現像液ってなに?

 

フィルム現像で画を作る

写真作品というと、写真家が奇跡のような一瞬を撮影で切り取る。という印象があるかと思います。もちろんそのとおりなのですが、写真を作るためには撮影以外にも現像処理という重要なプロセスがあります。画を作るプロセスです。

デジタル写真の場合は、撮影後にPhotoshopなどで「現像」します。
デジタルはこの段階で画のトーンをかなり自由に変えることができます。

しかしアナログ写真、とくに白黒写真の場合は事情は異なります。
デジタルに比べるとはるかに融通がきかないため、プロセスが進むにしたがい、自由度はどんどん減っていきます。そしてフィルム現像が終わった時にはもう、写真のクオリティはほぼ決定しています。

デジタル写真とは違い、アナログ写真では最後のプリント段階で調整できることはあまりありません。ですから質の高いプリントを作るためには撮影の時点から完成プリントをイメージしながら調整していく必要があります。

  

 

そんな制限が多くてめんどうなアナログ写真をわざわざする必要はないと思われるかもしれません。しかし、銀塩印画紙のプリントはデジタルとは全く異なる美しさがあります。

デジタル写真は自由に加工できますが、単純で融通のきかない銀塩プリントがぽんと、いっぱつで出せる画を、デジタルは作ることができません。そこがアナログ白黒写真の魅力だと言えると思います。

アナログ白黒写真の画のトーンを決定する重要な材料が、フィルムと現像液です。
かっこいい白黒写真はフィルムと現像液の選択から始まります

 

もっともよく知られているフィルム現像液

 

現像液 D-76の安定力

白黒フィルム現像液でもっとも知られているのは、コダックが1927年に開発したD-76です。
この現像液についてはこちらの記事に詳しく書きました。

更新情報Kodak D-76は、2022年11月に日本向け製品が製造中止になりました。それを機に、この現像液の意味は歴史的なものへと変化したと言えます。以下は現像液D-76の歴史的意味について書いた記事です。 コダック D-76と銀塩写真の現在  ワークショップを一緒に開催しているティム(Silversalt店主)は、なんで、多くの人はD-76から離れられないのか?と、ときどきぼやいています。たしかに私たちのワークショップでもD-76がいちばんいいって言われて信じてました!という参加者は少なくありません。フィルム現像液 コダック D-76。...

この記事の要点はとてもシンプルです。

 
D-76は20世紀の中ごろに支持されました。
現像能力が安定していたからです。

その当時は写真はすべてフィルムでした。
しかし現在は写真はデジタルにかわりました。

それでもいまフィルムを使う理由は、デジタルにはない美しさがあるからです。

しかしD-76は安定を重視した設計のため、フィルムの美しさを表現する能力は他の現像液に比べて劣ります。

ですから、せっかくアナログプロセスで写真を作るのだったら、もっと良い結果になる他の現像液を使うことをおすすめします。

 

たまにこの記事の内容に過剰な反応をするひとがいるようですが、落ち着いて文章を読む分別と写真の基礎知識があれば、誰でも無理なく納得できる内容かと思います。

 

ただ、D-76の「どのフィルムでも安定して現像できる」という性質。
これはたしかに使い勝手がよく便利でした。

もっとキャラクターの強い現像液は、ハマるといい結果を出しますが、どんな場面でもうまくいくとは限りません。

温厚でおだやかな人と、とがっててかっこいい人。
どちらも人気者の条件ですが、両方の性格は正反対なので、同時にどちらも持てるひとはめったにいません。

 

 

どんなフィルムでも安定して現像できて、かっこいい画になる現像液。

そんな現像液がなかなか無い理由も同じです。反対の性質だからです。
でももし、そんな現像液があると最高です。
ほんとうにできないかどうか、少し工夫してみましょう!

 

D-76をチューニングしてみよう!

 

欠点を除くと長所だけが残る…?

かっこいい画になるように、D-76をチューニングすることは実はわりと簡単です。画をかっこ悪くする要素を現像液から除けばいいからです。

そのようなD-76の改造処方はいくつか公開されています。
よく知られている「D-76を水で倍に薄めるとシャープになる」というのも、そのひとつです。

 

キャラ立ちと安定感は正反対の性質

しかしこのようにキャラが立つようにD-76をチューニングしていくと犠牲になるものがあります。

そう、それは安定性!!

もっともわかりやすく犠牲になるのは、フィルム感度です。
たとえば感度100のフィルムを使っても、実際の撮影ではISO100より感度が低下してしまうことがあります。

「フィルムの感度を上げたいなら現像時間を延長すればいい」

昔はよくそう言ってました。しかしこれは昭和の「写真の常識」です。
控えめに言っても間違いです。実際は、現像時間を延長してもフィルム感度はほとんど変化しません。ハイライトの濃度が上がるだけです。

 

フィルム現像液の設計の難しさ

 

フィルム現像液をかっこよくチューニングしつつ、フィルム感度も出す。


これはとても難しいことです。

ひとつ例をあげると、東京オルタナ写真部では「Tokyo Calling」というオリジナル現像液を設計しました。

この現像液の設計の目標は「分厚いシルク生地のようになめらかで、カミソリで切り裂いたようにシャープ」というものでした。

 

フィルム:Efke 100
現像液:TOKYO CALLING(東京オルタナ写真部オリジナル現像液)
©東京オルタナ写真部

 

キャラクター的には設計目標を達成できたと思いますが、問題はフィルム感度です。

この現像液は、どのフィルムでも-1ストップ(1絞り分)以上感度が低下します。さらには、フィルムの種類に合わせて現像方法の細かい調整が必要です。

狙い通りの画はできましたが、これでは「汎用現像液」としては使えません。

 

SPUR社とSilversaltの戦略

 

現代的な汎用現像液を開発しよう!

さて、オンラインアナログ写真ショップSilversalt店主のティムは、現代的にアップデートした新しい汎用現像液を構想していました。
目標はとても明確です。

 

どんなフィルムでも安定して現像できて、
かっこいい画になる現像液。

 

これです。
正反対の性質をもった、ありえない現像液!

ティムが相談を持ちかけたのは、数々の最先端現像液を世に送り出しているドイツのSPUR社。世界的に有名なフィルム化学専門企業です。そして意気投合し、新しい現像液の開発に取り組みました。
これはやりがいのある挑戦です!

おそらく彼らも最初はD-76のチューニングから出発したと思われます。
画がかっこよくなるように調整しつつ、安定性も犠牲にしない…。

そうやって完成した新しい現像液がSilversalt現像液です。
公表されている情報からは、従来のフィルム現像液とはまったく異なる先端的な現像液であることがうかがい知れます。

 

SPUR SILVERSALT現像液

 

高いシャープネス、心地よい粒子感、立体的な描写、そしてフィルム感度の低下なし!
どのフィルムでも簡単に使えます!そのうえ体と環境に優しい!

まさに正反対の性格をうまく収めた現代的な現像液です。
さすがは世界最先端のアナログ写真化学のエキスパート!

 

結果にコミットするフィルム現像液

 

優れた性能+信頼できる現像データ

フィルムを現像するときには現像時間などのデータが必要です。
さてこのデータ、どうやって手に入れていますか?

多くの場合は、フィルムメーカーや販売店が公表しているデータを使うことになると思います。
しかしそのデータ、ほんとうに信頼できるでしょうか?

公表されているデータにはしばしば、質感再現を無視した誇張とも言えるデータが存在します。

これまでフィルム現像を失敗したことがあるひともいると思いますが、もしかすると現像データに問題があったのかもしれません。

いずれにせよ、メーカーや販売店が公表している現像データのほとんどは、液温、現像時間、感度くらいで、詳細はまったくわかりません。

 

Silversaltが公開している現像データ
すべて実際にテストした数値を公表している。

 

Silversalt現像液の場合はどうかというと、公表しているデータはすべてティム本人が実際にテストしています。感度やコントラストも詳しく公開されています。同じフィルムでも現像の仕方で表現が変わってきますが、そこまでデータを公開しています。

わたしたちはこのデータから自分の写真に合うものを選べばいいだけです。

結果にコミットするフィルム現像液。
ここまで充実した信頼できるデータが公表されている市販現像液は、世界でもSilversalt現像液だけです。

 

Silversalt現像液を使いこなすには

 

Silversalt現像液のポテンシャル

Silversalt現像液は優れた性能と信頼できるデータのおかげで、手軽に使うことができます。
カメラにフィルムを入れる。
フィルムの箱に書かれている感度をセット。
撮る。現像する。
それでOKです。

だがしかし!Silversalt現像液を、だれでも運転できるAT車みたいな現像液とは思わないでください。Silversaltのページにはこうあります。

 

現像液まかせにしない、写真家自身がネガのコントラストを完全にコントロールできる現像液を作りたい、という思いがありました。

http://www.silversalt-dev.silversalt.jp/

 

フィルム現像液には露出のミスを修正してくれる性能を持ったものがあります。
こちらの記事で紹介しています。

銀塩モノクロ写真を自分で制作したことがある人は、フィルム現像液が何種類もあることが気になったことがあるかもしれません。なぜこんなにフィルム現像液がいくつもあるのか。アナログ写真ワークショップでもよく出る話題を解説します。 フィルム現像液はなぜ種類が多いのか フィルム現像液は実際のところ、無数にバリエーションが存在します。実用的なフィルム現像液を集めただけでも本ができるほどあります。しかしこの現像液の種類の多さについて説明される機会は、これまでほとんどなかったように思います。 結論から...

 

Silversalt現像液はオールラウンド現像液として開発されましたが、この露出ミスを補正する性能は強くありません。

その理由は、写真家がシビアなトーン表現を目指したときに、それに応える現像液として設計されているからです!

Silversalt現像液は、手軽に使えて、実はカリッカリにチューニングできるポテンシャルも持ったフィルム現像液なんです。

 

 

最先端現像液、世界に先駆けて日本で発売

 

写真史の新しいシーンへ

Silversalt現像液が、写真史に一石を投じるほどの野心的な性能を持って誕生したことはおわかりいただけたと思います。

そして信じられないのは、この最先端現像液が、世界に先駆けて日本で発売されたということです

世界のアナログ写真愛好者待望のフィルム現像液を、わたしたちがいちばん最初に使えるんです!
もちろん写真史においてもわたしたちがいちばん最初!

Silversalt現像液を使う人は、いままさに写真史の次のシーンを開いていると言っていいと思います。
やばいすごい。
 

Silversalt現像液 特設ページ

http://www.silversalt-dev.silversalt.jp/

 

 

アナログ写真ワークショップ 基礎クラス

 

フィルム現像液を使いこなしてみたい方に、東京オルタナ写真部でうってつけのワークショップをやっています!Silversaltのティムもいっしょにやってます。

  はじめての、アナログ写真ワークショップ フィルム写真に関心を持つひとがふえてきていますが、いまいち踏み出せないという声もよく聞きます。 写真に興味はあるけれど経験がないし、難しそうどこから始めればいいのかわからない写真に詳しい人に教わるとなんだか怖そう内容についていけるか心配自分でちょっと撮ってみたけれど、なんかちがう…これじゃないフィルムで撮ると味のある写真になるってほんとうなの?ぶっちゃけ、フィルム写真ってインスタグラムのフィルターと何がちがうの? そんな声におこたえして、写真を撮るの...

 

   銀塩モノクロ写真の魅力と謎 銀塩写真の魅力は、ナチュラルな階調とリッチな質感です。それによって版画にも似た美しい「写真」ができます。過去の名作写真を観察すると、必ずこの階調と質感を見つけることができます。たとえばエドワード・ウェストンの作品。この階調と質感!これらは歴史に残る美しい銀塩写真作品のひとつです。ところで、もし白黒フィルムを使って写真を撮ったことがある人なら、できあがった自分の写真を見てがっかりしたことがあると思います。それは、どうやってもかっこいい写真にならないからです!…ど...

 

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