明治初頭、仏教美術はオワコン*だった。

1970年代、コロタイプ印刷はオワコンだった。

2010年代、アナログ写真はオワコンだった。

京都の会社「便利堂」がもしこれまでに一度でもそう考えたなら、
法隆寺金堂壁画の記録は人類の歴史から失われていました。


*オワコン:オワコン(おわコン、終わコン、終わったコンテンツとも)とは、主に一般ユーザーに飽きられてしまい、一時は栄えていたが現在では見捨てられてしまったこと、およびブームが去って流行遅れになった漫画・アニメや商品・サービスを意味するインターネットスラング。Wikipedia

■ 法隆寺金堂壁画を撮影した「写真」

さてところで、問題はその「写真」です。
1935年に便利堂が撮影した法隆寺金堂壁画の写真。
言うまでもなく、これは焼損前の壁画を記録した唯一無二の詳細な資料です。
2011年に岩波書店により、この写真原版を用いた壁画の画集が出版されました。そしてそれを機に、この写真原版を保存するための調査が便利堂によって続けられてきました。

この「写真」ですが、巨大なガラス乾板(イルフォード製)を数百枚用いて撮影されました。その大きさ全紙サイズ(45cmx56cm)。つまりこれがフィルムに相当する部分の大きさです。当然、撮影にはこのサイズのガラス乾板が入るカメラを使います。撮影倍率は等倍。壁画と同じ大きさに撮影。そして4色分解撮影。フィルターを使って色を分解して白黒写真に撮影。これにより非常に正確で精緻なカラー画像を再現できます。このカラー撮影は便利堂の独断で行われたそうです。当時はカラーフィルムが一般化してなかったため、このような撮影方法がとられたとする説明もありますが、実際のところ、これは現代においても非常に優れたカラー撮影の方法です。現代のデジタル映画も色分解した白黒フィルムでの保存が検討されています。

「ETERNA-RDS」:富士フィルム

現在、法隆寺と便利堂に保管されているのは撮影された状態のガラス乾板ネガです。しかもただ撮影されたままの状態ではなく、印刷の原版として使うために、乾板から乳剤を剥がして裏表を逆にして別の分厚いガラス板に移し替えたものだそうです。

撮影した像を剥がして裏表をひっくり返すというのは奇妙なプロセスのように感じますが、写真の古典技法ではよく行われる方法です。メリットはいろいろありますが、この場合は、印刷したときの左右の整合性、画質の劣化を防ぐ、保存性を高める、などが考えられます。

乳剤面剥離によるガラス乾板写真修理:真陽社

しかしガラスを替えて保存性を高めたとはいえ、この写真原版はあくまで銀塩写真です。保存の方法によっては簡単に劣化してしまいます。この写真原版が失われてしまうということは、法隆寺の金堂壁画の唯一の記録が失われるということです。

映画の保存でも知られるように、デジタルによる保存は信頼性もコスト面も、フィルム保存に比べて劣っています。もっとも良いのは、この写真原版が良好な状態で保存されることです。しかしなんせ相手は1300年前の絵画。写真の発明ですらたかだか180年前のことです。この写真原版は、今後、百年、千年の単位で後世に残されるべきです。
そのための調査を便利堂は続けてきました。

法隆寺金堂壁画 観音菩薩像
コロタイプ印刷:便利堂絵葉書セット

■ 便利堂が護ったもの

そしてその経緯を受けて、この法隆寺金堂壁画を撮影した写真原版が重要文化財に指定されることになりました。この写真原版が非常に重要な文化財であることに疑いの余地はありません。しかしそれが京都の一企業によって護られ続けてきたことには驚きを感じます。これまで写真が重要文化財指定されたケースはありますが、いずれも初期写真の歴史性を評価されてのことでした。昭和時代以降に撮影された写真、それも一企業が記録撮影した写真が重文指定されたのは今回が初めてです。

便利堂が護ったのは写真原版だけではありません。その原版から複製を制作する、コロタイプの生きた技術も護り続けてきました。

かつてコロタイプは多くの印刷所で行われていましたが、現在まで優れたコロタイプ技術を保っているのは便利堂だけです。もし便利堂が、経済性や効率の良さこそが優れているという価値観を持った時があったなら、この文化財は簡単に失われていました。経済性が正義にすり替わったような社会では文化的価値は護られません。本物の価値を知り、護り続ける京都人の心ばえには深く感銘受けます。

伝統や歴史、そして文化は消費に供されるようなコンテンツではない。
それらは一度失われたら二度と戻らない、人間的な価値のことです。
京都の便利堂は、私たちに本物のクールを教えてくれます。

■ 便利堂「コロタイプ通信」

2015年3月15日(日)~4月5日(日) 会期中無休 入場無料
開廊時間 11:00~18:00
場所 便利堂コロタイプギャラリー
京都市中京区新町通竹屋町下ル 便利堂京都本社1F

壁画撮影時の様子の模型
法隆寺蔵
法隆寺金堂壁画――ガラス乾板から甦った白鳳の美
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