何かが忘れられた後の世界:ガムプリント

クラシック音楽演奏のドレス。

アナログ銀塩写真のプリント。

そしてガムプリント。

私たちはいつも何かが忘れられた後の世界を生きている。


 

ショパン国際ピアノコンクールとドレス

世界で最も権威あるピアノコンクールのひとつ「ショパン国際ピアノコンクール」が現在開催されています。YouTubeでリアルタイムで出場者の演奏を見ることができます。

・第17回ショパン国際ピアノコンクール ウェブサイト

 

神童と呼ばれる演奏家はもちろん、全く無名の素晴らしい演奏家の演奏を視聴することができてとても楽しいのですが、見ていてひとつ気がついたことがあります。それは女性演奏者のドレスのことです。

以前から、なぜクラシック演奏をする女性は非日常的な大げさなドレスを着て演奏をするのか。そこにはいったいどんなドレスコードがあるのかと不思議に思っていました。

しかし「ショパンコンクール」を見ていてわかったのは、そんな格好で舞台に出てくるのは日本人だけだということです。ヨーロッパの女性の出場者は主にシックな黒いドレ ス。中国や韓国の他のアジア系の出場者は洗練されたデザインの美しいドレスを着ています。パンツスーツの出場者もいます。なにより誰もとても似合っていて、自分のための服装になっています。時代錯誤的な「衣装」をがさごそさせて出てくるのは日本人だけです。この日本人のドレスの奇異さについては、海外の視聴者もコメント欄で指摘していました。

ピアノの発表会、コンクール、演奏会で見かけるあのふりふりのドレス。私たちはそんなものだと思い特に妙だとは感じません。しかし実は「クラシック演奏=ふりふりドレス」文化は日本だけのものだったんです。国際コンクールの映像を見れば、それは一目瞭然です。

ショパンコンクールの前回の優勝者 ユリアンナ・アヴデーエワ
着ているのはパンツ・スーツ。

 

なぜそんなことになったのかちょっと想像してみます。おそらく日本にヨーロッパの音楽教育が入ってきたのは19世紀末ごろ。その頃のヨーロッパでは、ピアノなどの器楽演奏はホールやサロンで楽しまれていました。ホールもサロンも社交の場所です。人々は社交にふさわしい華やかな装いで集まっていました。

日本に伝わったのもこの文化であったはずです。しかし、この「社交のため装い」という意味が欠落し「演奏の時にはドレスを着る」という形だけが日本に定着したのではないでしょうか。そのために演奏の機会に時代錯誤なデザインのドレスを着る習慣が残っているのではないかと思われます。

当然ながらこの習慣は本来の「社交にふさわしい装い」という意味からはかけ離れています。そのため日本人演奏者は、国際的な場所で、コンテクストから外れた社交とは無関係な「奇異な」服装になっているのだと思われます。

 

ガムプリント 梅阪鶯里

 

 何かが忘れられた後の世界とガムプリント

このようにコンテクストが切断されて本来の意味が見失われたものは、私たちの生活の中に多く存在します。

例えば銀塩写真においては、撮影とプリント技術が重要視される傾向がありますが、これは日本だけの風潮です。

合理的に考えると、撮影してフィルム現像を終えた時点で写真の重要なトーンは決定しています。特別なプリント技術というのは、ネガ作りに失敗した場合にだけ必要になるものです。合理的に考えると全くこの通りなのですが、それでも日本ではフィルム現像は軽視され、プリント技術が重要だという見方が支配的です。ここでは触れませんが、このことにも歴史的な経緯があります。

何かを真剣に理解し納得したいと考えるとき、このような意味の欠落は大きな障害になります。そして失われた意味を回復するためには、歴史をきちんと考察し理解する必要があります。

ところで東京オルタナ写真部では、今回初めてガムプリントのワークショップを行います。 このガムプリントは歴史的に見ると非常にユニークな技法です。オルタナティブ写真の技法の多くは、古い時代に一般的だった写真技法を再現したものですが、ガムプリントは元からオルタナティブ写真だった技法です。すでに銀塩写真が存在した時代に、あえて画の美しさを求めて採用されていた技法です。しかも当時は大流行し、ガムプリントをやってなければ真剣な写真家だとは言えないと考えられていたほどでした。

「一般藝術寫眞家が種々な印畫法を試みた後に、結局到達するのは護謨印畫法であると云う事が出来る。」
小野隆太郎 『護謨印畫法』 昭和7年改訂版 緒言

しかしながら、こういった「美しい写真」を追求することは、いったん完全に忘れられてしまいました。今回、ガムプリントのワークショップを開催するにあたり、この切断されて見失われているものの解説から始めたいと考えています。そうでなければ、この技法の意味を理解することはできないと思われるからです。

わたしたちは、あるとき突然、ゼロから全てを発明することはできません。全てのものには歴史的な意味と経緯があり、私たちもまたその歴史の中を生きています。

歴史を考察するとき、思い込みや行き当たりばったりな物語を作るのではなく、歴史への真摯な向かい合いこそが必要であり、またそれが真に文化を前進させる力になるはずです。

ガムプリント・ワークショップ

日時:2015年5月2日(土)、3日(日)、4日(月・祝)
 
 
 撮影:野島康三1950年代
ガムプリント制作:大藤健士
 
 
ガムプリント(ゴム印画)のワークショップを開催します。
  • 写真古典技法のワークショップです。
  • 6切サイズのプリントを制作します。
  • 絵画調の美しい質感が特徴の技法です。
  • 顔料で画像形成するため、非常に長期の保存に耐えます。
  • 初心者から参加できます。
  • プリントしたい画像のデータを事前に提出していただきます。
  • 3日間かけてプリントを完成させます。
 
 *
 
おまけ: スーパーボール・ハーフタイムショーのブルーノ・マーズ
 


2014年のスーパーボール・ハーフタイムショー。
ブルーノ・マーズのかっこよさに全世界の数億人の男子が「これは俺だ!」と思ったはず。
で、この衣装、このダンス!
見間違えようのない、ジェームス・ブラウン・トリビュート!
パクリでもコスプレでも懐古趣味でもない、
歴史へのリスペクトにあふれた、パキパキの現代のエンターテインメント。
この生きた歴史理解と継承のセンス!実にすばらかっこいい!!

 

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