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なにせ、ふつうの生き物はまったくいないような砂漠に向かうのだ。エリックが最初にとりかかったのは、水や食料や燃料をはじめ、生存に必要な物資の準備だった。もちろん撮影機材の準備も必要だ。発電機も持って行かなくてはいけなかった。もしかするとトイレも持っていきたいと思ったかもしれない。
ただ、エリックが心配しなくていいものがひとつだけあった。それは被写体だった。そこにはフレンドリーで奇妙な格好をした人間が5万人ほどいることだけは確実だった。エリックは準備万端整えて、ネバダ州の砂漠へ向かった。世界最大規模の奇妙なフェスティバル、「バーニングマン」に参加するために。
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バーニングマンは年に一度、文明から隔絶された荒野で開催されるフェスティバルだ。参加するには、極端なまでの自立心と、自分が楽しみ人を楽しませる徹底した意志が必要。いやむしろ、参加するために必要なものはそれだけしかない。
フェスティバルのために造られた町では貨幣の使用は禁止される。バーニングマンで支持される経済活動は「ギフト(贈り物)」だけに限られる。物々交換も含めて一切の資本主義的価値観は否定され、軽蔑の対象になる。バーニングマンには、バーや床屋からサーカスまで、ありとあらゆるサービスが存在するが、金や信用の交換を前提していないので、プロやアマチュアという区別は意味を失う。いかなる意味においても「商品」は存在しない。そこでは、どれだけ人を楽しませ、自分が楽しめるかということだけが問われるのだ。つまり、バーニングマンで通用する価値基準はただひとつしかない。それは、ここであなたの提供するものが「本物のアートであるかどうか」ということだけだ。
エリックはバーニングマンに集まる人々を撮影するためにはちょっとした工夫が必要だと考えた。ふだん彼が好む日中シンクロは大光量のストロボが必要だが、今回はいつものように撮影のたびに大量の機材をセッティングするのは無理だろう。彼は言葉通り、撮影スタイルを変えることにした。つまり、撮影に必要な照明セットを全て自分の身につけることにしたのだ。
2400w/sのストロボ、センチュリーアーム、防塵ゴーグル、それに毛皮で構成されるこのマッドマックスな機材は、“Human Light Suit"と命名された。
この機材を使って撮影されたポートレートはどれもとても…すばらしい。
(2へ続く)