『明るい部屋』読書会を終えて

ロラン・バルト『明るい部屋』

『明るい部屋』読書会:最後のディスカッション

先週末は『明るい部屋』読書会の最終回でした。この本を読み終えて最後のディスカッションを行いました。本当にどう言えばいいのかわからなくてこんな言葉しか見つからないのですが、感動に包まれるような最終回になりました。

愛と悲しみと世界の関係について、不可能なほど誠実に考えようとした本。それがこの『明るい部屋』です。読書会でレジュメを読み上げながら、私自身、感情が抑えられず何度も胸が詰まりそうになったことがありました。

このようなことを言うと必ず「え、そんな本ですか?」と言われます。ずいぶん変な読み方をするんだなと思われるのだと思います。
…私たちの読み方は変なのでしょうか?

 

Robert Mapplethorpe

 

ロラン・バルトを《正しく》読むこと

この読書会では日本語訳と英語訳を併読しながら、必要に応じてフランス語オリジナルを参照して読み進めました。そうして読み終えて、参加者のみなさんと共有できたことのひとつに、ロラン・バルトは無駄なことや曖昧な事は一言も書かないということがあります。なぜなら、私たちは彼の文章を読み、全てを《正しく》理解することができたからです。

一般に「物事の解釈は人によって様々だ」と言われます。しかしバルトのテキストにはそれは当てはまりません。なぜならバルトは「本質」を明らかにするために正当な手順で思索を進めています。ですから、その試みを正確に読み取って受け取ることは可能だからです。

それにも関わらず『明るい部屋』には様々な「解釈」があふれています。いや、それらに埋もれてしまっていると言った方がいいかもしれません。ひどい誤読をしている専門的な解説書も存在します。これは不遜な言い方かもしれませんが、私たちはこの読書会でこの本を誤読と誤解の山から救い出せたのではないかと考えています。

私たちのそれぞれ人生を、私だけのものにしているもの。それを明らかにするための不可能な思索の旅。『明るい部屋』の読書会はまた開催します。来年2月頃を考えています。ご関心ある方はぜひご参加ください。

それから当初はこの本以外にも写真論の読書会を開催したいと考えていました。しかし『明るい部屋』の後では、ソンタグやベンヤミンの「写真論」などは全くつまらなくなってしまいました。そこで写真論にこだわらず、ロラン・バルトをこのまま読んでいこうと考えています。こちらも詳細が決まり次第告知いたします。

今回ご参加いただいたみなさん、本当にありがとうございました。素晴らしい読書会になりました。私もこんな読書は初めてでした。またお会いしましょう!

Puyo

翻訳を読む、翻訳で読む

今回、日本語訳と英語訳の違いを見つけながら読むのはとても刺激的でした。しかし部分的に内容が全く異なっている箇所もあり、もとの版が異なるのではないかという疑問もありました。フランス語オリジナル版も確認したところ、どうも英語訳は本来は訳注にするべきものを本文に勝手に付け足しているのではないかと推測していました。

そんなこんなで読書会参加者が出版社の「みすず書房」にメールしたところ、なんと編集部の方からていねいなお返事をいただきました!それによると英語訳は翻訳者によってセンテンスが加えられたり削られたりしているとのことでした!まじか。

しかし英語訳の訳注(?)により、バルトが借用していた詩のオリジナルを見つけることができたり、またバルトの別の本の重要な概念が一度だけこの本に登場していることがわかったりもしました。実は今回は中国語訳で参加してくれた留学生もいたのですが、そちらの内容も気になるところです。

フェリーニの映画『カサノバ』
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