写真レンズの歴史は問題解決の歴史
写真を写すには、なにはともあれ、まずきれいな映像を取り込むことが必要です。ただ光があるだけでは明るいか暗いかしかない。かたつむりの目は明るさと暗さしかわからないらしいですが、ここは人間の視力を基準にしたい。
光を映像にするもの、それがレンズです。だが話はそんなに簡単ではなかった。レンズを使って光を映像にしようとすると、深刻な問題が続出します。
前回はレンズの問題点「収差」を整理しました。もういちどざっくりまとめてみるとこんな感じです。
暗い不鮮明な画像でよければ小さい穴(ピンホール)でも映像を写すことができる
凸レンズを使えば映像が明るく鮮明になる!
しかし、レンズにはいろいろな問題があることがわかってきました。とくにレンズの周辺部を通過した光は映像の質を悪くします。それなのに…
映像を明るくしたい
→ レンズを大きくすればいい
→ レンズの周辺部を通過する光が増える=ボケる!
広い範囲を写したい
→ 広い角度から光を取り込めばいい
→ レンズの周辺部を通過する光が増える=ボケる!
ともかくレンズちゃん、周辺部の光が苦手すぎ。でも明るくしたり広角にするには周辺部の光までたっぷり使うしかない。これは無理ゲー。
ではどうするのか。そう、ここから「写真レンズの歴史」が始まります。最初に難問があり、それをみんなでアイデアを出し合って解決してきた。写真レンズの歴史とは、光学技術者たちがアイデアを出し合ってレンズの問題をひとつひとつ解決してきた道すじだと言えます。
歴史記述の難しさ
よし、では写真レンズの歴史を順を追って見ていこう!となりますよね。しかしこれもまたそんな単純な話ではないようです。『写真レンズの歴史』の著者ルドルフ・キングズレークも、当初は写真レンズの歴史を時間を追って書こうとしたのですが、それができないことがわかって困ったそうです。その理由は、いろんな種類のレンズがてんでばらばらに発展してきたからです。
問題解決のためにあれこれたくさんの方法が考案され、また、ニーズに合わせて様々なレンズが使われ続けた。たとえば、造りが単純で製造コストが低いレンズは古い設計でも安いカメラに長期間使われ続けます。そしてそれと同じ時期に、複雑で高性能で高価なレンズも開発されます。そのようなわけで、写真レンズの歴史は時系列で整理することが難しくなっています。
でもわかる。それわかる。写真がデジタルに進歩した21世紀にアナログ写真いいよ!とか言うひと(わたし)、後世の歴史家からしたら、なんなんこいつ、てなる。ごめんなさい。
そうはいっても、人に歴史あり。人がいたならそこには歴史があります。写真レンズの歴史を年表風にまとめてみます。
写真レンズの歴史:年表風
写真発明以前
1812年頃、イギリスの科学者ウォラストンが三日月型の凸レンズ(メニスカスレンズ)を逆に使うと映像を平面に映せることを発見。
1840~66年
- 1840年
ペッツバールが人物用レンズを開発。- 肖像写真を撮影するには露光時間の短縮が必要。30分もじっとしてられない。
- そのために明るいレンズが開発された。
- 初期の写真は露光時間が長いので動かない建物の撮影が多かった。しかし建物の写真では形のゆがみ(歪曲)が問題に。歪曲を補正した対称型レンズが開発される。
- 対称型レンズとは、絞りをはさんで前後が同じ形のレンズのこと。
- パノラミックレンズ(1865)/T・サットン
- ペリスコープ(1865)/シュタインハイル
- 球形レンズ(1860)/ハリスン、シュニッツァー
1866〜90年
- 1866年
ラピッド・レクチリニア/ダルメイヤー
アプラナット/シュタインハイル- イギリスとドイツでほぼ同じレンズがほぼ同時に開発される。
- この頃の写真用レンズは4種類。これで十分、写真家のニーズに応えていた。
- 風景用
- 人物用
- 広角の球形レンズ
- 中間のラピッドレクチリニア
1890〜1914年
- 1855年
カール・ツァイス社が非点収差の補正に成功!- 光学ガラスにバリウムクラウンを導入したのが成功のカギ。
- 光学ガラスにバリウムクラウンを導入したのが成功のカギ。
- 1890年
球面収差、コマ収差、像面歪曲、非点収差を補正したレンズ:アナスチグマートが開発される。
この時期はいろいろな新しい形のレンズが開発された。
「望遠レンズ」とは
一般的に焦点距離の長いレンズのことを望遠レンズと呼んでいますが、実はあまり正確な用法ではありません。本来の技術的な意味では望遠レンズとは、カメラの全長が焦点距離より短いレンズのことです。たとえば焦点距離500mmのレンズが実際に50cmもあったら大きすぎて使いにくい。もっと短いほうがいい。という経緯で開発されたのが望遠型レンズ。この設計、実は後に大成功する一眼レフカメラになくてはならない大発明でした。なんと逆さまに使うんです↓
1918~40年
- 1920年:口径F2のめちゃ明るいレンズが出現。
- 望遠型レンズを逆に使う:逆望遠レンズ(レトロフォーカス)
- レンズの後ろの空間(バックフォーカス)を長くすることができる。
- 一眼レフカメラにはレンズの後ろにミラーの空間が必要。その空間を確保できる。
- テクニカラー3色分解カメラは、赤/緑/青の3色に分けて撮影する方式のカラー映画カメラ。この仕組みを実現するには非常に長いバックフォーカスが必要だった。
- 原始的なズームレンズ(映画カメラ用)の開発
- アナモルフィック光学系の提案
- ワイド画面の映画で画質を落とさないために、撮影時に映像を縦長に圧縮し、映写時に横長に引き伸ばす方法。現代の映画撮影でも使われています。
- アマチュア用の16mm、 8mm映画カメラ用レンズが多数開発された。
- 航空写真用の非常に大きいレンズが作られた。
第二次大戦以降
- 1952年:シネマスコープ
- アナモルフィックレンズを使い、スタンダードサイズの2倍のワイド画面の映画が作られた。
- 1950年以降:日本製のカメラ、レンズの台頭
- 低価格と高品質でヨーロッパ勢を追い越してしまった。
20世紀後半以降のレンズの歴史は?
参考にしている本『写真レンズの歴史』は1989年に書かれたので、デジタル写真時代のことは触れられていません。20世紀後半以降、写真レンズの設計にどんな新機軸があったんでしょうね。
撮影後にピント合わせできるレンズやレンズレスカメラなどが話題になることがありますが、これらはどっちかというとデジタルによる画像処理技術がメインのようです。個人的な趣味で言うとガジェット寄りのアナログな話題のほうがわくわくします。
胃カメラや光ファイバーとかはかなり新機軸な感じがしますね。焦点可変レンズ、とくに液体レンズはわくわく度高めです。
もし20世紀後半以降のレンズ開発の歴史で知っておくべきトピックがありましたら、メールなどでお知らせください!
次回は「レンズの型」です。写真レンズの歴史はアイデア勝負の世界。良いアイデアが淘汰され残っていきます。そんな弱肉強食世界のチャンピオンたちは「型」として独自進化します。現代レンズのもとになったレンズ型を紹介します。