フィルムを使う最後の理由(2)

 
戦前の代表的写真家、野島康三のオリジナルネガから作成したプリント。

1から続く

だいとうに言わせると、これだけデジタルの画像処理が進化した時代に、フィルムを使う理由は(2+1)個しか残っていない。

なぜ3つの理由ではなく(2+1)なのかというと、問題の水準が異なる理由がそれぞれ2つとひとつあるからだ。

どの理由も書いてみるとばかばかしいほど当たり前だと思うかもしれない。だけど、こういう当たり前のことを意識的に自覚することは、なかなか難しい。

なぜなら、当たり前だと感じられるようなことをきちんと自覚するためには、誰もが自明に前提していることを、わざわざ疑ってかかる作業が必要だからだ。そんなことをする人間はたいてい変わり者だ。

そして前回の記事で指摘したように、ほとんどの写真家は、いま現在フィルムを使う動機や理由を、きちんと自覚できていない。

ともあれ、フィルムを使う最後の理由(2+1)を書いてみよう。

銀塩写真

◇ 最初の2つの理由 − フィルム撮影のメリット

 

「コントロールできないのが面白い。」

フィルムは化学反応による現像を行うため、コントロールが難しい。カラーバランスが崩れて思いもかけないような色になることもある。
つまり偶然に支配されるように見える部分も多い。(実際はそうではないが)

コントロールできない偶然性をねらうのが目的の場合は、無理な増減感現像を行ったり、指定の処方以外の方法で現像(クロスプロセス等)するなどして、あえてバランスを崩すことが多い。

この場合、最初から丁寧な画質の調整を目的にしていないため、面白い効果が出ることはあっても、美しい写真になることはほぼない。また、デジタルでも似た効果を再現できる。だからこれは、それほど強い動機にはならない。

 

「フィルムでしか出せない美しさを持った写真を作るため。」

先程の理由とは逆に、フィルムの性能を完全にコントロールして、ほんとうにフィルムでないと表現できない写真を作ることを目的とする場合。

カラーフィルムはさほど表現の変化がないので、この場合はほぼ白黒フィルムに限られる。

白黒フィルムは化学反応を利用して現像を行う。この化学反応は非常に面白く、現像のやり方をうまく調整すると、とても美しい画像ができることがある。ただ、そのためにはそれなりに高度なコントロールが必要になる。つまり、知識と技術の熟練、それと情熱が不可欠。単に白黒フィルムで撮影して、フィルム現像はラボに出すのであれば、デジカメで撮影して画像処理したほうがはるかにきれいだ。もちろんプリントも同様。

撮影から現像、プリントまで全て自分でコントロールできないと、白黒写真の本当の美しさは出せない。

ちなみに、だいとうがフィルムを使う理由の3割は、この理由。

銀塩写真

◇ もうひとつの理由 − 手段の選択

 

「変える必要がない。」

手段とは、まず目的があり、その目的にかなったプロセスが手段になる。
目的にかなった手段を選択しているのであれば、変える必要はない。

自分の写真の表現にとって、フィルム撮影が十分に目的に適っているのであれば、それを変える必要はない。
だからデジタルで撮影する理由がない。

だいとうがフィルムで撮影する理由の7割は、この理由による。

誰もがそうだから、という理由でみんなが横並びで同じことをするのは日本人の悪癖ではないだろうか。
人と同じである必要はない。

余談になるが、だいとうが得意とする古典技法 Gum bichromateは、19世紀のなかばにフランスで発明された写真技法だ。
ところで、この技法で最も洗練された美しい写真を作ったのは誰かご存知だろうか。

写真史に登場するドマシーでもプーヨでもスタイケンでもない。それは、明治から大正期にかけての日本人のアマチュア写真家たちだった。彼ら日本人のアマチュアたちが、写真史に他に類をみない、非常に洗練されたGum bichromate=ゴム印画作品を生んだのだった。そう、当時この技法は日本で大流行し、この技法でなければまじめな写真家とは呼べないとまで言われていた。

しかしいま現在、この事実を知る写真家もカメラマンもほとんどいない。
なぜだろうか。
技法もろとも、日本人の写真家の全員がこの事実を忘れ去ったのはなぜだろうか。

それは驚くような経緯と結果によるものなのだが、余談が長くなるのでここでは説明しない。
誰もが自分の力では考えず、他人に追随して同質化した結果だとだけ言っておこう。
興味があるひとは写真史料をていねいに見ていけば自ずとわかるだろう。
(評論家等によって書かれた本の類はほとんど参考にならないので、自分で一次資料をあたるべし。)

 

ともあれ、フィルムを使う最後の理由を書いてみたが、だいとうの書くことぐらいでははなはだ説得力に欠けることはよくわかっている。だから最後に、もっとよく知られた優れた人物の言葉を借りようと思う。

なぜデジタルではなくフィルムを使うのか。
自分の力で写真史を見渡すことができれば、たとえばこんな風に言うこともできるだろう。

‎”Don’t be trapped by dogma ― which is living with the results of other people’s thinking. Don’t let the noise of others’ opinions drown out your own inner voice. And most important, have the courage to follow your heart and intuition. They somehow already know what you truly want to become. Everything else is secondary.”

Steve Jobs, 2005

「常識や決まりきった考えに囚われてはならない。それは他人の思いつきに従って生きることだ。他人の意見という騒音に、自分自身の内なる声がかき消されないようにしよう。そして最も大切なことは、自分の心と直感に従う勇気を持つことだ。それらはあなたが本当になりたい姿をとっくに知っている。それより他のことは全て二の次なのだ。」

スティーブ・ジョブズ 2005年

 

 

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